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【 不定期 連載小説 】
全てのMMOを楽しむ戦士たちに、色を贈ります。
みそ×ジェミー 合同企画 FF14SS 

~僕は、彼女のことを何も知らない~
『明日の朝日は、そこにありますか』

[ 第1話 ]  天使の女の子



<登場人物>
・リュウ: ミコッテ♂を使うプレイヤー。リアル世界に嫌気が差している。
・タマキ:リュウが出会った不思議なプレイヤーキャラ。羽がある。



また、明日が来る。
ゲームの電源を落として、ベッドに潜り込み、眠れば明日。
不毛な繰り返し。
仕事に行き、残業をし、疲れて帰ってくる。
僕は、そんな世界に嫌気が差していた。
これから何かいいことが起こる気もしない。
転機も、兆しさえない。
仕事は辛く、やりがいなどない。
何のために生きているんだろう。
いつもそう思う。


その日も僕は、疲れきった体で帰宅し、ソファーの上に鞄を投げ出した。
しかし、心は少し晴れやかだった。
遂に辞表を出したのだ。
部長のあの顔。
胸がスッとした。
毎回毎回無茶な仕事を振ってきやがって。
奴隷じゃないんだ。
自分の時間を少しくらい要求したって、神様は許してくれるさ。
そうさ、きっとそうだ。
溜まっていた有給を、まずは消化する話はまとまっていた。
やっと長期的な休みをとれるわけだ。
次の仕事の事も考えなければいけないが……。
とにかく今は、少し休みたかった。
誰もいないマンションの部屋。
レンジでコンビニ弁当を温めながら、ぼくはデスク前の椅子を引いて、座った。
長期の休み。
何に使うという予定はなかったが、やりたいことがあった。
それは、MMORPGを飽きるまでプレイすること。
つけっぱなしのPCに接続された機器をテーブルに並べる。
起動させておくか。
そう考え、僕は「Final Fantasy」と書いてあるアイコンをダブルクリックした。


食事と風呂を済ませ、ヘッドセットを被り、電源を入れる。
椅子にゆっくりと体を沈み込ませると、慣れ親しんだ感触が体を包んだ。
今から僕は眠りに入る。
そして、僕の意識はネットワークを介してひとつのサーバーに旅に出る。
そう、ゲームの世界。
ゲームの中では僕は自由だ。
明日から会社はない。
今日は何をしようかな。
ワクワクしながら、僕はヘッドセットのスイッチをスライドさせた。


目を開けると、そこはどこか中世的な街の片隅だった。
石畳の道路が並んでいて、すでに沢山の人々がログインして、ガヤガヤと喋っている。
リムサ・ロミンサ。
僕が拠点にしている街だ。
大きく伸びをして歩き出す。
僕の意識は今、ネットの世界に落とし込まれている。
こっちで見えるものは、まさに本物のように知覚されるし、ものを食べることも、普通に喋ることさえ出来る。
ゲームの名前は「Final Fantasy」……。
僕が一番好きなMMORPGだ。
ユーザー数も多く、難易度は高いがやりごたえがあるゲーム。
そこで、ピコン、と音がして視界の端に会話着信のアイコンが光った。
同じLS……リンクシェルと呼ばれる、雑談ができる通信ラインのフレンドからのボイスチャットだった。

『おかえりー、リュウ。今日は随分早いね』

親しげな女の子の声が頭の中に響いた。

『おお、遂に仕事辞めてきたか』
『気楽になったな~』
『揉めなかったかい?』

次々にLSの仲間達から声が届く。
街中で、耳に手を当てながら、僕も通信を返した。

『いや~揉めた揉めた。大揉めよ。でもいろいろ話はまとめてきたわ。明日から有給』
『良かったじゃない! リュウも新たな一歩ってことで』

別の女の子の声。
そこに、更に別の男性の声が続いた。

『おい、LSの集会が22時からあるんだけど来るか? ラベンダーベッドの俺のFCハウスなんだけど』
『行く行く。それまでちょっとエキルレ行ってくるわ』

誘われたことが嬉しい。
弾む声でそう返す。
マーケット情報のウィンドウを視界から消し、僕はブラブラと歩き出した。
こっちの世界の友達は、いい奴らばかりだ。
話も聞いてくれるし、気さくにいつも接してくれる。
正直、リアル世界の人間達よりもよほど好きだ。
22時までまだ1時間くらいはある。
少し時間を潰していくか……と思った時のことだった。

(……何だあれ?)

視界が、港の方で止まった。
人混みが出来ていた。
怪訝に思ったのはそのことよりも、囲まれている人のことだった。
目深にフードを被り、地面に座り込んで周りを怯えたように見ている。
何となく近づいてみると、ザワザワという喧騒が聞こえた。

「何かのNPCか?」
「でもそれにしちゃ反応がないな」
「見たことがない種族よ」
「GMのイベントかな?」

オープン会話で流れてくる情報を聞きながら、人混みをかき分けて前の方に進み出る。
よく見えない。
そこで僕は、脇の大きなプレイヤーキャラに押され、もんどり打って前の方に飛び出してしまった。
盛大に前の方に倒れ込み、人々の輪の中心に出てしまう。
すぐに気恥ずかしくなってしまい、慌ててその場を離れようとした時だった。
不意に、手を小さな力で引かれた。
動きを止めてそちらを見る。
目が合った。
囲まれていたのは、女の子だった。
真っ白い顔に、目の大きなキャラメイク。
とても可愛らしい外見だ。
フードの奥で大きな目が、怯えたように僕を見ている。
彼女が手を伸ばして、僕の腕を掴んでいた。
助けを求めるような必死なその目を見て、とっさにどうするべきか判断がつかず停止する。
そして僕は、彼女の背中を見て目を丸くした。
そこには白い、大きな羽が二枚あった。
服の隙間から飛び出している。
羽はお尻のあたりまで伸びていて、鳥のようだ。

(羽……? 何だこの種族)

まず思ったのはそれだった。
背中に鳥の羽を持つ種族なんて、この世界にはいない。
心細気に、風に揺れるそれを見てから、女の子に視線を戻す。
NPCかもしれない。
何かイベントが始まるのかな、と思っていると、女の子はしゃっくりのような音を喉から出し、口を開いた。

「あ! の……!」

手を引かれる。

「すみません……! 私、入ったばかりで。分からないんです」
「は?」

意味がよく分からない。
女の子の方も、しかしどう言ったらいいか分からない様子で、僕の腕を握りながら、視線を周りに彷徨わせていた。
その目にあったのは、恐怖だった。
自分を取り囲む沢山の目、目、目。
不思議そうな視線を浴びて、萎縮した彼女が小さく体を丸める。
それっきり喋らなくなった女の子の手を振り払うこともできず、僕はそっと彼女にターゲットを合わせ、キャラクター情報のウィンドウを開いた。
運営が用意したNPCなら、そう表示されるはずだ。
しかし、そこに表示されていたのは……。

(プレイヤーだ……NPCじゃない)

レベルは1。
装備も他の種族の初期のものと、フード型の胴装備だけだ。
名前は「Tamaki Matsuri」……日本人の名前のように思える。
訳が分からず、目の前で震えている女の子を見る。
種族の欄や、詳細情報、IDは閲覧ができなかった。
文字化けのような数字の羅列が見えただけだ。
ガヤガヤとうるさい周りを見て、僕は泣いているように小さくなっている女の子を見た。
そして、立ち上がり。
僕は、彼女の手を引いてゆっくりと立たせた。

「何やってんだよ、ほら、行くぞ」

呼びかけられて、たまきという名前の女の子がビクッと体を震わせて僕を見る。
僕は軽く笑いかけて、オープン会話で言った。

「みんな待ってるよ。遅れちゃダメだろ」
「あ……あの、私……」

かすれた声を返した彼女の手を引き、僕は

「すみません、通してください~、通りますよ~」

と言いながら、野次馬たちをかき分けてその輪の外に出た。
理由はなかった。
一度、駅で暴漢の被害に遭いそうになっていた女性を、同じような手で助けたことがあった。
何となく、その時の体験に重なっただけだった。
ポカンとした顔で小走りについてくる女の子の手を引き、僕は足早に街の外れまで走っていった。


人通りが少ない広場の片隅に腰を下ろし、僕は、ペタリと続けて腰を下ろした女の子を、通路から隠すように体を移動させた。
息を切らしている彼女の背中からは、二枚の羽。
綺麗な、白い羽だった。

(何だ……? 何ていう種族だ?)

一応ある程度の知識はあるので、余計怪訝だ。
勢いで人混みから連れ出したはいいものの、僕は彼女が大きな鳶色の瞳でこちらを見上げたのを見下ろし、戸惑って視線をそらしてしまった。

「あの……」

聞きづらそうに女の子が言う。

「どこかで、お会いしたことが……ありましたでしょうか?」
「ああ……いや……」

鼻先を指で掻いて、僕は答えた。

「ないよ。何か……その、助けて欲しそうだったから。それだけ」

とは言っても、この後どうすればいいかを考えているわけではなく。
これでは完全に誘拐犯のそれだな、と気づいて居心地が悪くなる。

「そうだったのですか……助かりました」

少し沈黙した後、MMO内での会話に慣れていないのか、女の子はゆっくりとした声で発音した。
そして彼女は、胸に手を当て、小さく苦しそうに咳をした。

「……あのさ、運営の人?」

聞かれて、彼女は驚いたように顔を上げた。

「え?」
「いや、何だろ……君が見たことない種族だからさ。いや、種族じゃないの? その羽って、アクセサリー? 装備?」

矢継ぎ早に質問をすると、女の子は目を白黒させながら背中の羽を指先で弄った。

「いえ……これは、私がお願いしてつけていただいたものです」
「お願い? 誰に?」
「あ……」

そこまで言って、彼女は何かに気づいたように口元に手を当て、言葉を飲み込んでしまった。

「何と言いますか……最後のお願いと言いますか……」
「……?」

しばらく押し黙って、言いにくそうに彼女は口を開いた。
その視線が宙を、警戒するように彷徨っていた。

「いえ……あの……忘れてください。何でもないです」
「何でもないってことはないだろ。レベル1みたいだけど、初心者マークもないし……何か変だぞ、君」

素直に思ったことを言うと、彼女は怯えたように目を伏せた。
そして肩をすぼめて小さくなる。

「やっぱり……そう、ですよね。こんなズル、いけませんよね……」
「ズル?」
「いえ……あの……ごめんなさい……」

小さな声で謝って、目をそらす。
僕はそれを見た時、ドキッと胸が痛んだ。
どことなく、今日までの会社で、上司にどやされて視線をそらす僕。
他ならぬ、大嫌いな自分自身に重なったからだった。
周りを恐れて、どうしようもなくて。
何処かに救いを求めていて、でもそれが与えられなくて。
何も出来ずに、泣きそうな顔で目をそらす。
そんな表情だった。
自分に投影しただけなのかもしれない。
ただ、自己陶酔したかっただけなのかもしれない。
その感情の正体は分からないが……。
僕は、胸の奥に湧き上がってきた、言い知れぬドロリとした感情を無理矢理に吹き飛ばすように、笑った。

「何で謝るんだよ」
「え?」

女の子が伺うように顔を上げ、こちらを見る。
僕はシステムウィンドウを呼び出して、目の前に浮かぶそれを指先で操作しながら言った。

「僕の名前はリュウ。折角知り合ったんだ。フレンドになろう」
「フレンド……?」

何のことか分からないのか、きょとんとした彼女にターゲットを合わせ、僕はフレンド登録の申請を送った。
彼女の視点でもアイコンが点滅したのか、視線がそちらを凝視する。

「システムの使い方は分かる?」
「あ……は、はい。一応、一通りの説明は受けています」
(説明を受けてる……?)

怪訝に思ったが、深くは突っ込まないでおく。
戸惑ったようにこちらを見る彼女に、僕は続けた。

「ゲームしにここに来てるんだろ? じゃあ一緒に遊ぼうぜ」
「遊……ぶ?」
「まずは自己紹介だ。君の名前は? なんて読むんだ?」
「私は、タマキと言います。今日はじめたばかりです」
「そっか。じゃあタマキ。良ければフレンドになろう」
「私なんか……いいんでしょうか?」

怪訝そうに問いかけられ、僕は笑った。

「何言ってんだよ。ここはゲームの世界だよ。いいも悪いもないよ」

そう言われ、タマキの表情が少し和らいだ。
緊張していたその顔が、少し緩んで小さく笑う。

「そっか……そうですよね。これはゲームなんですね」
「……? ああ。見ての通りゲームだよ」
「リュウさん、私とても嬉しいです。フレンドになりましょう」

笑顔だった。
ピコン、と音がしてフレンド申請承認のメッセージが表示される。

「私は、ここにいてもいいんですね」

タマキが嬉しそうに呟く。
僕はその笑顔を見ながら。
彼女の、その時に発した言葉の意味を、想像することもできなかった。


これは、僕とタマキの、永遠に長い二ヶ月の物語である。



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文:ジェミー(天寧霧佳)  挿絵:みそ(ここでセーブするか?